研究室ホームページと教授の業績

研究室のホームページを立ち上げることになった。作成は個人事業主をしているOBに発注することになった。OB に研究室のホームページなら響教授の業績を公開すべきではないかと提案したら、響教授に提案してくれて同意を得た。これで謎に包まれていた響教授の業績が明らかになった。フォーマットから大学の業績調書を写したものと想像はついた。まずは着任以前の研究所時代の業績を見てみよう。

 全業績 論文 8 (和文 5、英文 3) 国際会議 10
 筆頭  論文 2 (和文単著) 国際会議 5 (全て共著)

彼は 40歳を過ぎた辺りで教授採用されたと思うが、基準を満たしていないのではないか。担当部分もほとんどが「共同研究のため抽出不可」と記載されている。研究所内で他のグループのディスカッションに参加したため、名前を連ねてもらったと思われる。お互いに名前を載せ合って業績を水増ししているにもかかわらず、これほど少ないとは。情報系は成果が出にくいと主張して、基準に届かなくてもゴリ押しする事例は多々あった。しかし、研究能力を確認すべく准教授で採用して様子を見るべき事例ではなかっただろうか。

着任後の業績を見て愕然とした。何に愕然としたのかは後で記すことにする。着任から 15年ほど経っていたはずだ。その間の業績は次の通り。

 論文 5 (和文 4、英文 1) 国際会議 5

和文論文の内3は私の仕事だ。最初の 10年近くは国際会議1とほとんど業績がなかった。残りは直近6年間の成果だ。社会人の博士課程を2人受け入れて業績が増え始めた。私の成果が出始めたのも同時期だった。社会人との成果は事実上の学外との共同研究である。結局、研究室内での成果は得られず、外部に頼るしかないのである。この業績でマル合に通るのか疑問である。響教授も審査には危機感を持っていたようだ。しかし、いますぐに業績を増やすことはできない。そこで、響教授は驚愕の手段に出た。

効果は疑問ではあるが、なんと担当部分に虚偽の記載をしたのだった。私の最初の論文は、響教授のアイデアを彼のアドバイスで行ったことになっていた。部下にアイデアを与えて実績を積ませてやったと言わんばかりだ。アイデアを批判され、論文投稿を邪魔され、挙句の果てには業績をこっそり横取りされていたのだ。この辛さが分かるだろうか。私の研究を評価してくれる研究者もいる。これを見れば、「彼のアイデアではなかったのか」と評価を下げるかもしれない。このまま放置しておけないが、指摘すれば響教授は怒り出しかねない。一晩悩んだ。眠れなかった。しかし、言わなければならない。翌朝、響教授の部屋を訪れ、「どうして響教授のアイデアとなっているのですか」と尋ねた。「業績調書を写しただけだから。どうすればいい?」と意外にも怒りはしなかった。しかし、謝りもしなかった。ばつが悪そうではあった。正しく修正するだけで済む話であるが、業績調書とは矛盾させたくないようだ。仕方がないので、「担当部分を削除してください」とお願いした。「おお、そうだな。確かにホームページに担当部分まで必要ないな。直しておいてくれ。」と解決策が見つかって響教授は喜んだ。修正作業は私がさせられることになった。

響教授の一連の行為についてどうお考えだろうか。価値観の違いからアイデアを却下されることは他でもあるだろう。この研究室では役に立たない研究は許さないということだろう。博士課程の学生も人工生命の研究をしたいと申し出たが、そんな研究は意味がないという理由で却下された。私は上司を連名にするのが習慣なので、お伺いを立てたに過ぎない。研究に関わるのを断れば、それで良かったのではないか。投稿の邪魔をしたのは論外であろう。研究成果の横取りも許されることではないが、現実には多そうだ。私の同僚も博士課程の時に助教に横取りされたことがあると言っていた。しかし、研究を散々批判した挙句に横取りするという恥知らずな事例は他にもあるのだろうか。