パチンコ狂授

私の上司だった響教授はパチンコが大好きで、業務の合間を縫ってパチンコに行っていた。空き時間が細切れだから研究できないというのが理由である。いつも忙しいと言っているのに、パチンコに行く時間はなぜか取れる。だいたい会議開始まで2時間くらいの時間を使っていたようだ。パチンコ屋への往復を考えると実働時間は1時間余りのようだ。台を育てた時点で会議の開始時刻が迫って、恩恵を得られないこともしばしばで効率は悪かったらしい。また、大学の近くのため、店内で見かけた学生が挨拶に来て、バツが悪かったりすることもあったという。

年に1,2回、研究室の合宿があった。数台の車で県内または隣県の施設に宿泊する。帰り道にパチンコ屋があると立ち寄らせる。パチンコ(またはスロット)を打つ学生は一緒に打ち、そうでない学生は外で待つ。1~2時間程度だった。そのため、できるだけパチンコ屋の脇を通らないルートを学生には提案するようにした。特に高速料金をケチって一般道に降りることは避けさせた。隣の研究室の准教授とバーベキューに呼ばれたことがある。この時の帰り道もパチンコ屋に立ち寄った。准教授と私は外で待っていた。さすがに研究室外まで事が及ぶのはどうかと思い意見したが、「一緒にパチンコ打てばいいだろ」と怒鳴りつけられた。どうやらパチンコは万人に受け入れられるべき聖域となっているようだ。

響教授が東京に出張する時、お供をすることが度々あった。響教授は外部資金があるので出張費があるが、私は自費である。当然、帰りの電車に乗る前にパチンコを打つ。手持ちが乏しかったらしく私に1万円借りて打ったところ大勝ちした。これ以降、験が良いと言い出し度々パチンコ代を借りに来た。初めは1万円だったが、返済前に再度借りに来ることがあり自然と2万円が上限になった。この2万円は私と響教授の間を行き来するが、響教授の手元にある時間の方が長かった。返済の意思はあるようで、滞納していないかを確認されたこともあった。借金を憶えている自信がないようである。何時忘れられても不思議でないので、この2万円は響教授から預かっていると割り切っていた。私はさほど気にしていなかったが、周囲の方々からすると怒って良い案件らしい。

そのうち休日には自宅にまで借りに来るようになった。大学にいる時に借りてくれれば良いものをと煩わしく感じるようになり、休日は外出するようにした。結婚すると休日は夫婦で過ごすため、自宅にいることが多くなった。そして新婚家庭にまで押しかけて来るようになった。それでも煩わしいと思うだけで怒りはしなかった。一度だけ頭に来ることがあった。ある日、響教授は2万円を借りてパチンコに行った翌日である。「負けた、負けた、徹底的に負けた。しばらく返せんから借りていることを憶えておいてくれ。」さすがにこの時は、金を借りたことを憶えている気がないのかと腹立たしかった。不思議なことに、響教授は自身の事を常識人だと思っている。一連の行為はさすがに非常識すぎるだろう。どうも大学では非常識な人ほど常識があると思っている節が感じられる。