クラメルの公式

多くの教科書ではクラメルの公式を逆行列の公式から導出しているようだ。私の使っていた教科書もそうだった。ラング著「線形代数学」で行列式の性質から直接導いているのを見つけ、以降これに従って講義をするようにした。長谷川浩二著「線型代数」でも採用されていた。

クラメルの公式

クラメルの公式は連立方程式の解の公式を与える。\(A\) を正則行列とすると、連立方程式 \( A{\bf x}={\bf b} \) は一意に解を持つ。\( \displaystyle A=\left( {\bf a}_1, \cdots, {\bf a}_n \right) \) と行ベクトルを使って表現する。解を \( {\bf x}={}^t(x_1,\cdots,x_n) \) とすると、\( {\bf b} = x_1 {\bf a}_1 + \cdots + x_n {\bf a}_n \) となる。\({\bf b}\) を \(A\) の \(i\) 列目に入れた行列式を展開する。

\(\begin{eqnarray}
\left| \, {\bf a}_1\, \cdots\, {\bf a}_{i-1}\,\, {\bf b} \,\, {\bf a}_{i+1}\,
\cdots\,{\bf a}_n \, \right|
&=&
x_1 \left| \, {\bf a}_1\, \cdots\, {\bf a}_{i-1}\,\, {\bf a}_1 \,\, {\bf a}_{i+1}\,
\cdots\,{\bf a}_n \, \right|
\\ && + \cdots +
x_i \left| \, {\bf a}_1\, \cdots\, {\bf a}_{i-1}\,\, {\bf a}_i \,\, {\bf a}_{i+1}\,
\cdots\,{\bf a}_n \, \right|
\\ && + \cdots +
x_n \left| \, {\bf a}_1\, \cdots\, {\bf a}_{i-1}\,\, {\bf a}_n \,\, {\bf a}_{i+1}\,
\cdots\,{\bf a}_n \, \right| \\
&=&
x_i \, |A|
\end{eqnarray}\)

上式で \(i\) 番目の項以外は行列式に同じ列が現れるため消滅した。以上により、クラメルの公式

\( \displaystyle x_i = \frac{\left| \, {\bf a}_1\, \cdots\, {\bf a}_{i-1}\,\, {\bf b} \,\, {\bf a}_{i+1}\,
\cdots\,{\bf a}_n \, \right|}{|A|} \)

が得られた。

逆行列の公式

正則行列 \( A \) の逆行列 \( X \) は \(AX=E \) を解けば得られる。

\( \begin{eqnarray}
A &=& \left( {\bf a}_1 \, \cdots \, {\bf a}_n \right)
= \left(
\begin{array}{ccc}
a_{11} & \cdots & a_{1n} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
a_{n1} & \cdots & a_{nn} \\
\end{array}
\right)
\end{eqnarray}\)

\( \begin{eqnarray}
X &=& \left( {\bf x}_1 \, \cdots \, {\bf x}_n \right)
= \left(
\begin{array}{ccc}
x_{11} & \cdots & x_{1n} \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
x_{n1} & \cdots & x_{nn} \\
\end{array}
\right)
\end{eqnarray}\)

\( AX=E \) を解くためには、全ての \(j\) に対して \( A{\bf x}_j = {\bf e}_j \) を解けばよい。クラメルの公式を使えば、\( x_{ij} \) は次のように求まる。

\( \begin{eqnarray}
x_{ij} &=& \frac{\left| \,
{\bf a}_1 \, \cdots \, {\bf a}_{i-1} \,\,{\bf e}_j \,\,{\bf a}_{i+1} \, \cdots \,{\bf a}_n \, \right|}{|A|} = \frac{\tilde{a}_{ji}}{|A|}
\end{eqnarray}\)

第2式の分子は \( (j,i) \) 成分が1で、\( j \) 行、\( i \) 列の他成分は全て \(0\) なので、\((j,i)\) 余因子 \(\tilde{a}_{ji}\) であることが分かる。得られた解を行列で記述すれば、\( \displaystyle X=\frac{1}{|A|} \tilde{A}\) となる。

まとめ

逆行列の公式からクラメルの公式を導く方法はよく見られる。本記事では逆にクラメルの公式から逆行列の公式を導く方法を取り上げた。どちらの順が良いだろうか。逆行列の公式は余因子展開から導かれるであろう。クラメルの公式経由の方が前提知識が少なくて済むので証明は易しいかもしれないが、余因子展開を使った方が構成として見通しが良さそうである。クラメルの公式は逆行列経由より直接導いた方が見通しが良さそうに感じる。個人的な意見としては、どちらも独立して証明するのが良いと思う。そして、2つの定理がお互いに導出できることは応用例として取り上げると良いと思うが、底辺国立大ではその余裕はなさそうだった。