博士課程の短縮制度が出来た。1年でも業績4で修了できる。業績は国際会議でも良い。論文無しで本当に良いのかは甚だ疑問である。すでに業績が十分揃っている社会人を引き込む狙いである。制度的には修士からの進学者も対象であるが、3年で取得することも難しいので念頭にない。修士からの進学でも短縮修了できるのではないかと私だけが考えていた。当然ながら想定されていないわけだが、1年で業績2をそろえた場合、残り2年間学費だけ払って何もせずに過ごしても学位は取れる。大学教員になりたいのなら更に業績を増やして行く必要があるだろうが、始めから民間に就職するつもりなら1年で修了させても良いと思う。博士課程の枠も埋めることができ、博士を早く社会に送り出せる。大学にも社会にも恩恵がある。長く在籍しても研究指導はできるが、社会人としての指導ができる教員なんてほとんどいない。3年を強制しても、2年目に就職して学費だけ納めて2年間全く大学に来ないという選択もできる。長く在籍する意味がない。しかし、スタッフ陣は「博士課程=アカデミックポスト」で凝り固まっているので理解されない。博士課程の学生を多く抱えている東大の教授に話を聞いたことがある。教員になるのは半数以下で、始めからアカデミック志向の学生は極一部だという。
博士の就職の困難さは年齢だと言われる。20代後半で特殊な技能しかないため使いにくい。博士としての待遇に苦慮するという話も聞くが、修士待遇で採用する企業もある。それでは博士の意味がなさそうだが、それは承知の上で学生が選択すれば良い話。問題は年齢であろう。3留すると就職が厳しくなるという説もある。順調に博士を修了すると3留と同じ年齢となる。1年で取れれば1留と同じである。1留の修士と博士1年とどちらが価値があるか。普通に考えれば後者であろう。しかし、ほとんど前例のない学歴に企業の採用が対応できるだろうか。だから博士後の就職については調べておかなければならない。
就職には大学間の格差がある。地方国立大学には一流企業の募集は少ない。修士課程と違って博士課程は業績が必須であり、一流大学の学生と業績で比較できるはず。1年修了のインパクトと業績によって一流大学との争いに参加できるのではないか。業績で争うなら本学の緩い基準に沿った業績ではなく、他大学で十分通用する業績が求められる。そうすれば一流大学の学生との比較にようやくこぎ着けられる。私の研究指導でできるのは最初の扉を開くところまでで、後は個人の力で切り開いてもらわなければならない。私がしたかったのは、地方大学にいる優秀な学生が門前払いされずに対等に審査してもらうことだった。
私は優秀な教え子と話し、実践に移した。優秀と言っても、成績は上位 20%くらいで普通の範疇とも言える。修士の就職活動の中で博士の就職は厳しいのか調べてもらった。問題ないと言う結論に至った。学部で投稿した論文が不採録になり出遅れてしまったが、修士で論文2、国際会議2と規定数を満たした。実際には博士課程で1つは業績が必要な規則になっていたので、後に国際会議で発表した。さらに他の学生への協力で共著者になっている業績もある。D1でこれだけあれば旧帝大の博士にも引けをとらないだろう。結果は大成功だった。予想を超えた就職先が得られた。この戦略は修士でも有効だった。別の学生を学部4年から毎年、ニューラルネットワークでは最大級の国際会議で発表させた。修士の就職活動で国際会議3回の実績をもつ学生は稀だろう。彼も予想もしなかった超人気企業に就職した。
学生を博士課程に進学させた時に、何人かの教授から批判があった。まずは響教授である。
「なんで学生を博士に進学させた。今は教員の採用がない。就職の当てはあるのか。」
「修士の就職活動を通じて博士の就職について調査させた結果、問題ないという結論を聞いています。博士の就職が厳しいのは年齢が問題だと言われています。同年齢でも留年した修士よりもD1の方が望ましいのではないですか。」
「世の中は修士を優先する採用システムになっている。お前は無責任だ。」
と罵られた。響教授には、学部から博士まで研究室に12年間在籍した学生の業績が0だった実績がある。いくら何でも響教授の方が無責任ではなかろうか。
次は業務でたまたま一緒になった教授と話した時のことである。この教授は自らを高い見識をもった教員だと勘違いしているようで、後に傲慢な独裁者となった。「たとえ1年で修了できても、アカデミックに進まない学生は博士に行くべきでない」と批判された。対文科省的にも博士の枠をできるだけ満たさないといけないのに、旧態依然とした考えだと感じた。東大の現状を見れば考え方を改めるべきだろう。
最後は博士の主査をお願いした教授である。「業績の見通しも立っているので、1年で修了させて民間に就職させたい」とお願いした。「何でそんなに急いで出る必要がある。じっくり研究させて研究者を目指させるべきだ。」と返ってきた。この教授も博士に進学するのは研究者志望だけという考えだった。1年の延長だから学生の親も承諾してくれた。本人も大学教員になる気はないし、就職するには時期が過ぎている。他の教授に主査をお願いすることも考えたが、最終的には短縮を承諾してくれて助かった。
学生は就職後の評判も良く、このような学生がいれば、また採用したいと言ってもらえたそうだ。私の試みはかなり批判を浴びたが、大成功に終えたと言えよう。実際、学生の就職後に成功例として後に続きたいと学科からも評価されたようだったが、その時には私はすでに学科を追い出されていて、私自身が評価されることはなかった。