初めての研究論文 (1)

初めての研究論文とはIT系での論文のことである。数学で博士号を取得するまでに、数学では最低限の論文を書いていた。博士号を取得したらIT系の研究者に転向するという約束で採用されている。今後はIT系で論文を書かなければならない。ITに関しては全く素人で、研究の指針となるものは研究室のゼミだけ。しかし、研究室のテーマは何が新規性なのか不明瞭で、研究とは何かが分からなくなってしまった。後に知ったことだが、ゼミからは1編の論文も出ず、研究の体をなしていなかった。論文はまだインターネットで手に入らない時代で冊子体のみ。電子情報通信学会と情報処理学会の論文誌は学科の図書室にあった。しかし、基礎知識が足りなくて読める論文が全くなかった。ニューラルネットワークを研究分野として選び、日本語で書かれた基礎的なテキストを読んだだけで思いついたアイデアを論文として2回投稿した。当然、連名であるので投稿前に響教授には相談している。こんな研究の仕方で論文が通るはずがないと思うが、同意しているのは驚きであろう。工学の研究者として一人前に育てるという約束だったが、響教授自身が全く研究というものを分かっていなかった。不思議なことに、本人は一流研究者として自信満々である。研究はゼミの中で閉じている。正確には、稀に全国大会や研究集会では発表するが、査読に通ることはない。響教授は役に立つ研究を求めているが、研究室内に閉じた研究は役に立つと言えるのだろうか。用語も研究室特有のものがあった。MLPのことをバックプロパゲーションマシンと呼んでいた。ボルツマンマシンと混同しているのだと思うが、響教授は一般的だと信じ込んでいて、論文にもそう書かされた。査読者からそのような呼び方はしないと指摘されたことを伝えても、自説を譲らず怒り始める。このような状況で論文が通るはずがない。響教授はそれとなく研究のヒントを与え続けてきたが、全く成果を上げないと叱られ続けてきた。ヒントをもらったようには感じなかった。明確に示してくれればと思うが、自分で考えることが大事という信念からだろう。着任から10年近く論文が通らない年月が過ぎた。