初めての研究論文 (2)

着任してから全く論文が出ないまま 5年以上経過した。いずれも不採録であったが、2編の論文を投稿した。上司の響教授も連名なので、プロフィールを記載するため過去の論文を頂いた。ニューラルネットワークの論文だったが、オリジナリティがあるとは感じられなかった。1980年代終わりの研究だったので、こんな論文が掲載されたのも時代だろうか。私の陳腐なアイデアの投稿に同意していたのも、この時代から認識が変わっていなかったのかもしれない。

ニューラルネットワークの専門家である楠助教が赴任した。私より数歳年下である。彼にお願いして博士論文を頂いた。研究テーマはリカレントネットだった。響研究室の研究と違って、オリジナリティは明確だった。先行研究から問題点を見つけ改善するという姿勢が見えた。論文すら読まないで研究する響研究室とは対称的だ。私は楠先生の研究からテーマを見つけた。楠先生はあるモデルの問題点について解決策を提案していたが、それはモデルの利点を損なう妥協した解決であった。私はエレガントな解決策を思いつき、楠先生に相談した。素晴らしいアイデアだと高い評価をいただいた。後に彼の指導教員からも高く評価されるほどだった。研究を進めることを響教授に報告に行った。なぜ報告にいかなければならないか。上司が連名となる習慣だったから、承諾を得ておく必要があるだろう。上司は研究のスポンサーだから連名にするのが当然であるとされていた。私の場合、掲載料以外の研究費用はかかからないので、私に配分される予算だけで足りるはずだ。もっとも、予算は響教授に事実上没収されている。予算の使用許可の代償だろうか。

「このようなリカレントネットのモデルがあって、その問題点を…」と説明を始めたが、「そんなモデルが何の役に立つんだ。再帰的なネットワークが役に立つ話は聞いたことがない。」と怒鳴りつけられてしまった。リカレントネットそのものを否定しているが、少なくともホップフィールドネットやボルツマンマシンは知っているはずだ。取り上げたモデルも私が考えたのではなく、すでに先行研究がある。頭から否定される理由が分からない。単に機嫌が悪いだけのことも多いので改めて出直すが、何度行っても同じだった。楠先生に説得をお願いした。響教授も専門家である楠先生の前では素人同然であった。ここまで知識が無いとは思わなかった。楠先生が「これは素晴らしいアイデアです」と説得してくれて、ようやく承諾をいただいた。楠先生の助言をいただきながら研究を進めた。これで一段落と思ったが、響教授の妨害はまだ終わらなかった。