響教授から研究テーマを却下されたのは私だけではなく、学生も却下されることはあった。悪質だった2件を取り上げよう。1つ目は自然言語処理を研究した修士の学生である。音声入力を文書化する研究であった。音声入力ソフトの結果に、Web検索を利用して前後関係を解析して精度を上げようという提案だった。研究に新規性があるかは全く疑問だったが、そもそも響研究室ではなぜか先行研究のサーベイはほとんど問われない。全く明後日の方向からの批判だった。響教授は学生を怒鳴りつけた。
響教授:音声入力ソフトは使ったことがあるが、全く使い物にならない。
学生:認識率 95%と謳っています。
響教授:「おはよう」と言ったら「おはよう」と返すだけだろ。周囲の雑音ばかりを拾って、まともな認識はしない。音声認識の研究ではなく、マイクの指向性の研究になってしまうんだ。
当然、我々は響教授がマイクから離れて発声したことが原因であると直ぐに分かった。こんな理由で否定されてはたまらない。「それでも音声の研究をしている研究者はいるのですから、ソフトの認識率を少しでも改善できれば、研究テーマとしては問題ないのではないでしょうか。」と私は学生の主張を支持した。今度は私を「駄目だと言っているわけではない。」と怒鳴りつけた。自分の主張を否定されて頭に来たようだ。怒りの矛先が私に向き、なんとか学生の研究テーマは認められた。後日、学生とは飲みに行く機会があり、その時のことを「怒りをこちらに向けさせることしか出来なかった。」と話した。学生からは「それで十分です。」と感謝の言葉をいただいた。
並列計算に関心のあった学生について触れよう。響研究室では分散処理をテーマの1つとしていたが、響教授の中では並列計算機は対象外だったようだ。ネットワーク上の遊休資源を活用するのがテーマだったようで、響教授はそれを分散処理と呼んでいた。学生としても並列計算機が研究対象になっていると勘違いするのも当然である。私もこの時までそう思っていた。響研究室では8月にゼミで研究テーマを発表する。学生は並列計算で処理する問題を発表した。響教授は並列計算そのものを否定した。「ハードウェアの速度は数年で2倍になる。今、並列にしてまで速く計算したいのは科学技術計算だけだ。並列計算に未来はない。それでも並列計算をするつもりか。」と怒鳴りつけた。学生も抵抗していたようだが、あまり記憶にない。響教授はその場の気分で批判しているだけなので、次週には何事もなくテーマは認められていた。執拗に反対され続けた私の場合は何だったのだろう。